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『満洲』は支那でない立派な独立国-歴史が語る満蒙を見よ(大阪朝日新聞1932.4.18)

 今日の朝日新聞社は、御用学者、御用知識人、御用評論家、御用読者を総動員して日本国が犯した過去の誤ちを直視し反省し謝罪せよと日本国民に説教する。そこで筆者が朝日新聞社の説教に応え、朝日新聞社の主張をギロチンブーメランに変える素晴らしい第一次史料をネット界の有志に提示しよう。

『満洲』は支那でない立派な独立国-歴史が語る満蒙を見よ(大阪朝日新聞1932.4.18)

 歴史を辿れば、満洲は支那本部の住民-漢族-から蕃族と呼ばれた異民族、即ち満洲人の住地である。彼等は古来、渤梅、高勾麗、遼、金等の国を建て、常に漢人と訌争を続け、或時は中原の支配者ともなった。然るに大清帝国が急転直下の勢いを以て没落に近づき気息エンエンたる間に漢族は漸次満洲を彼等の植民地と化し、中華民国成るや形式上完全にその版図としてしまった。

 これより先、露西亜はペテロ大帝の東方計略方針に従いシベリヤ占領の余威を駆って満洲に侵入し、哈爾賓より不凍港大連に達する鉄道を中心としてこれをその植民地とするに至った。東洋平和の盟主を以て任ずる日本が、平和維持上の障害として之を排撃し、ここに日露戦争となったのは云う迄もない所である。

日本の満蒙進出 極東の和平

 満洲が中華民国の叛図となる以前に、これを露西亜の植民地より救い得た日本は、更に東洋平和確保の為め、長春より大連に至る南満洲鉄道並に関東州を租借した。実に日本及日本人の使命と生存の必要上より着手せらるべき満洲開発-即ち東洋平和維持上必然の道程-の足場を作ると云う重大深遠な意義に基くものである。

 関東州は租借地であるが、日本の大陸における植民地として最前線に位する。面積二百二十四方里に過ぎないけれど、約九十五万(内日本人約十一万)の人口を擁し洲都旅順及び自由港大連の二大都市をひかえて居る。旅順は州政を司る関東庁の所在地、又曾て日本が露西亜の侵略を排撃するに際し最も尊き幾万の生霊を犠牲とした永く忘るる事の出来ない処、大連はあらゆる意味に於て満洲の玄関、一年間の貿易総額六億円、その経済上の地位は世界的に亦重大である。

 諸施設の完備せる点に於て関東州殊に旅、大両市の如きは日本植民の誇りであるが、支那人のためには好個の楽土として珍重せられ近年頓に来住者を増加した。支那本部における各国租界が漸次不安となるにつれて、この傾向は益々顕著となるであろう。

 日本の租借以後二十年、惨憺たる苦心を以て殖産興業を計策した結果は、此の貧土も現在年産額、穀類二百七十万石、蔬菜九千万斤、果物五十六万円、工業製品一億三千万円、漁獲高四百万円、製塩高五億万斤を計上するに至った。尚棉花栽培、養蚕等の新事業も漸次擡頭し、大体に於て今日既に行き着く所まで行き尽した状態にある。人口は満洲全在住日本人の約半数が州内に支那人と雑居して居るわけであるが、夙に人口の飽和状態を超過して、これ亦今後の収容力は先ず無い。

 満鉄は半官半民今日迄は四億四千万円の大資本と三万六千の社員とを擁して日本民族の進路の開拓者である一面、満洲そのものの文化及経済的開発を使命とし、南満の鉄道と撫順炭砿と鞍山製鉄とは何れも満鉄の経営に属する大事業である、満洲工業化の原動力たる鉄と石炭の供給に一生面を開きたるものとして、又重大なる資源の開発たるべきである。

 満蒙に日本が進出してから二十余年。今在満同胞の数は僅かに百万。その内地人が自由に働ける処は、猫額大の関東州と細帯のような満鉄附属地だけである。このままではもはや発展の見込無く、日本の「生命線」といわれる満蒙も、甚だ心細いもので、これ以上発展の方法が無いか、大正四年の日支条約に依て立派に獲得した日本人の土地商租権、即ち関東州及び満鉄附属地以外の地域に於ても、自由に働ける権利を活用すれば好いのである。その権利の実行を承認しない支那の不信不義を矯正するだけの努力が怠られていたところに今日の行詰りがあるのだ。

存亡の岐点をなす今日の問題

 朝鮮人はその地理的及歴史的関係上満洲の東辺に古くから移住して居り、日韓併合以前、又満洲が中華民国の版図となる以前から、不文律的に満洲内地に於ける居住営業を認められ、主として農耕に従事していた。殊に満洲に於ける水田耕作は殆ど彼等の独壇場で、日本としては、朝鮮そのものの経済関係からも、又日本内地の人口食糧問題の上からも、此の状態を更に推し進めなければならない必要を痛切に感じている。

 然るに最近に至り支那官民の朝鮮人に対する圧迫は、漸次にその度を強め彼等の偉大な功績と、当然の既得権とを無視し圧迫誅求は甚だしく彼等を疲弊せしめつつあった。在満朝鮮人問題の解決、この一事だけでも日本の満洲に対する責務は重大だ。昭和六年夏の万宝山事件は支那官民の鮮人迫害を最も露骨に現わしたものである。

 日露戦争後の満洲の治安は日本の国力を以て完全に保障されている。中華民国成りてより二十年政情一日として安定の日無く天災と人禍に臨み、塗炭の苦しみに喘ぎ続けた人民は、安住の地を茲に見出して以来、加速度に移住者を増加し、最近は年々百万人以上を数うるに至った。彼等の大部分は、農耕をなし日本の保障により営々として開拓の業にいそしむものである。

 にも拘わらず支那官憲は日本との約定を反古にして打通線、奉海線の如き、思いのままに鉄道を建設し、商埠地及満鉄附属地以外居住の邦人に圧迫を加え、退去を迫る等漸次非友誼的行動に出たのである。かくて更に同胞の活動の範囲はいやが上に狭められんとするに至った。

 露国は其後農林産物の宝庫北満に踏み止まり、東支、ウスリー両鉄道を根拠とし、浦潮を以て大連に対抗せしめ、北満出入物資の大部分を己が手に支配せんと策した。その後母国革命の影響を蒙って混乱中に、東支鉄道の露西亜勢力は幾分殺がれ、北満に於ける彼等の活動は一時消極的となったが、秩序の回復と共に、捲土重来以上の勢いを以て活躍を始め、今や外蒙を完全に手に入れ着着満洲及内蒙に向って進出し来るべきことは明かなところである。

 斯かる憂うべき状態の中にあって猶現在日本が満洲経済界に重要な地位を占めて居るのは一に満鉄あるが為めである。満鉄の支配する物資が北満と無関係になったとき、満鉄そのものの存在価値は半分以下に軽減される。然り、支那と露西亜とを向うにまわしての角逐、国際的に日本人が立ち得るか否かの試練、母国の為めに新しき運命を開拓し得るか否かの岐点、それが満洲今日の問題である。

満蒙紛糾の根本原因

 世界の謎、支那、この謎たるや世界列強が支那に対して持つ所の緊密な関係が、互いに相錯綜して益々此謎を難解なものにして行く、欧洲戦争を一段落として世界列強は或意味の行き詰りに陥った。その間に於て支那は、今、新興の意気に燃え、謎の概念老大国の殻をさえも脱ぎ棄てようとするかに見える。

 新興支那の第一のスローガンは反帝国主義である。彼等は世界列強の支那に有する一切の権利を帝国主義の侵略なりとして排撃するその結果として支那と境を接し、最も深い関係を持つ日本が排撃の矢面に立つことになり支那は全国民の注意を日本一国に集中することにより、輿論の統一を図らんとしている。

 排日の運動全国的排日の目標は満蒙問題である。支那から見た満蒙問題は、満蒙に於ける日本の権益一切を奪取することである。条約がどうあろうと、日本の満蒙に於ける権益の存在そのものが、直に支那を滅亡に導くものであるとし、それを奪取しない限り排日運動は死んでも止めないと云うのである。

 そこで日本が、今直に支那へ満鉄、関東州を還附し、その他一切の事業から手を引かなければ支那は承知しない。満蒙問題紛糾の根本原因は、実にここにある。

 支那の内乱から満蒙を救い、露国の侵略を防いで守りたて十数億の巨資を投じて、開発に苦心したればこそ、満蒙は今日の発展を得たのだ。それを全然顧みずして、満蒙を独占しようとする支那の帝国主義的慾望は、実に残忍酷薄そのものである。而も日本の特殊権益のおかげで、その地位を保ち得た満洲の支那政権は非道にも、全国のかかる慾望からする排日運動を利用して、旧学良軍閥は満蒙独占の選手たらんとし、日本の特殊権益を覆すべく、あらゆる手段を廻らした。

権益を覆すため満鉄打倒

 打倒満鉄策は之と競争する鉄道を盛に敷設し、満鉄取扱貨物の呑吐港たる大連に代る港を建設して、それらの鉄道と連絡せしめ、運賃を下げたり、諸種の便宜を提供したりして、貨客を支那側の一手に吸収することである。昭和二年以来矢継ぎばやに諸鉄道を敷設し、蜘蛛網の如く線路を張り廻らして、満鉄一綿を包囲攻撃し、その地盤を根こそぎ奪取する計画の下に着々歩武を進めた。一方大連に対抗する海港としては、葫芦島に築港すべく、既に昭和五年七月起工式を挙げた。

 鉄道の施設は、条約により日本と協議した上でなければできない、日本は厳重抗議したが、日支国交を懸念し、円満解決を希望する日本の隠忍に隠忍を重ねての公議交渉は毫も支那に顧みられず、却って之を排日運動に利用するの暴を敢てした。その他日本の発展を妨害するためには、不当課税を邦人に強い、或は満鉄取扱貨物に差別的高税を課し、或は邦人既得の鉱山其他事業を迫害する等、条約に依て定められた鉄道敷設土地商租権等を否認して、国際信義を全く踏みにじるに至った。

 平和のため日本はなお隠忍して支那の覚醒を待つべく努力したのであるが、支那は増長し、排日は侮日となって万宝山事件、中村少佐事件から続いて、ついに昭和六年九月十八日夜、柳条溝において、支那官兵が満鉄線路を爆破するの暴挙となり、皇軍の自衛的発動によって、事件は世界的問題となるに至った。

 支那が如何に術策を弄するとも、以上の如き不信不義の堆積を弁護すべき理由は断じてない。この正義と、満蒙生命線確守に対する熱烈なる日本の国民的要求の前に、世界列強がいかに認識不足たりと雖も到底これを否認し得ないことを確信する。


 「満洲は支那でない立派な独立国-歴史が語る満蒙を見よ」(大阪朝日新聞1932.4.18)の内容は、リットン報告書が柳条湖事件を関東軍の自衛措置とは認めず、事変以前の満州独立運動の実在を無視したものの、中華民国の不法な排日運動に苦しめられていた日本国に同情と理解を示し、以下のように満州事変が抱える「問題の複雑性」を認めた歴史的背景そのものである。

 問題の複雑性

 今や吾人は将来に注意を集中する時期に達したるを以て本章の考察を最後とし此上過去には言及せざるべし。前掲各章の読者にとりては本件紛争に包含せらるる諸問題は往々称せられるが如く簡単なるものに非ざること正に明かなるべし。即ち問題は寧ろ極度に複雑なるを以て一切の事実及其の歴史的背景に関し十分なる知識あるもののみ之に関する決定的意見を表明する資格ありというべし。

 本紛争は一国が国際連盟規約の提供する調停の機会を予め十分に利用し尽くすことなくして他の一国に宣戦を布告せるが如き事件にあらず。又一国の国境が隣接国の武装軍隊に依り侵略せられたるが如き簡単なる事件にもあらず、何となれば満洲に於ては世界の他の部分に於て正確なる類例の存せざる幾多の特殊事態あるを以てなり(リットン報告書全文/国際聯盟支那調査委員会編/朝日新聞社/1932年10月発行、232頁)。


 東京裁判において被告弁護団は、リットン調査団の最終的考察が正確に認識されるならば、被告人に対する犯罪の訴追を一掃するに十分であるといい、さらに満州独立運動の実在を示す証拠資料、満州国の建国が溥儀をはじめ満蒙人の自発的な意思であり悲願であったことを証明する資料を用意したが、裁判所に却下され提出を許されなかった。

 リットン調査団をして「本紛争を特に複雑化且つ重大化するものは叙上の如き合法性に関する主張なり」と悩ませた日本側の主張は、東三省に於て支那の旧政権に代れる新政権は其の成立が地方人民の行為にして彼らは自発的に其の独立を宣言し、支那との一切の関係を絶ち自己の政府を樹立したるものなるを以て正当視せらるるものなりとなせり。尚日本の主張に依れば斯くの如き真正なる独立運動は如何なる国際条約もしくは国際連盟理事会の決議に依りても禁じられず、且つ斯る運動の既に行われたりと云う事実は九国条約の適用を著しく改変し、連盟に依り調査せられつつある問題の全性質を根本的に変更せるものなりとなせり(リットン報告書全文/国際聯盟支那調査委員会編/朝日新聞社/1932年10月発行、233頁)であった。

 この日本側の主張が事実であったことを証明する証拠資料は「東京裁判却下未提出弁護側資料」に収録され公刊されている。

 しかし我が国の敗戦から70年のあいだWGIP(日本人を狂わせた洗脳工作 いまなお続く占領軍の心理作戦)を幇助し相続し強化している朝日新聞社は、朝日の反日論調に心酔している反日的購読者の激怒と自社の倒産を覚悟しない限り、溥儀の家庭教師を務めたレジナルドジョンストンの回顧録「紫禁城の黄昏」を改竄した岩波書店と同じく、「東京裁判却下未提出弁護側資料」も「満洲は支那でない立派な独立国-歴史が語る満蒙を見よ」(大阪朝日新聞1932.4.18)もリットン報告書全文も、今年の紙面に掲載できないだろう。

 朝日新聞社は、昭和12年12月の南京攻防戦と陥落直後の南京市内の直接取材した朝日記者の虐殺否定証言とそれを裏付ける証拠写真朝日が明かす中国の嘘)を隠蔽し、「慰安婦狩り嘘なのは常識だった」という元朝日新聞ソウル特派員の前川惠司の告発を隠蔽している。虚偽の上塗りを重ねざるを得ないほど、朝日首脳は自己保身と組織防衛に汲々としている。

 朝日新聞社は、自社の反日論調が造り出した反日的購読者世論に金縛りにされる重度の自縄自縛状態にある。だから朝日はWGIPを止められない。この朝日首脳の営利優先主義によって硬直化させられた朝日新聞社の編集方針が、戦時中と同じく今なお朝日新聞社内の反日左翼勢力を跳梁跋扈させるのである。

<関連ページ>

・筆者の大勝利(笑)国民のための大東亜戦争正統抄史1928―56を補強する英国立公文書館所蔵の最高機密文書ULTRA

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プロフィール

龍井榮侍

Author:龍井榮侍
 東亜連盟戦史研究所は、主として大東亜戦争に関する国民戦史知識水準の向上を目指して開設されました。

 弊研究所が確信する「正統戦史研究」とは、信用の置ける第一次史料を集め、史料に事実を語らせ、独自の史観を構成することです。だが第一次史料とて作成者の欺瞞、錯誤を含んでいるかも知れず、たとえ紛れもない真実を示していても、所詮それは膨大な歴史的事実のごく一部にすぎません。

 歴史の真実の探求は極めて困難であり、戦史研究に於いて最も留意すべき事項は、間違いが判明すれば直ちに訂正することであり、最も禁忌すべき事項は、「自説保全による自己保身」に走ることです。よって弊研究所は、読者の皆様の建設的な礼節ある御意見、御批判、御叱正を歓迎します。
 
 所長の本拠地は森羅万象の歴史家ブログです。

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