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1941年12月9日の朝日新聞社説と朝日出身のソ連スパイ尾崎秀実の改造昭和十六年十一月号「大戦を最後まで戦い抜くために」

 所長が許し難い理不尽は、朝日新聞社が戦後世代の日本国民に対し真赤な虚偽の軍国主義史観をふりかざして「過去の誤ちを繰返してはならない」という「大東亜戦争の反省」を要求してくることである。

 昭和天皇の御希望に沿い日米和平交渉をまとめようと必死に努力した東條英機内閣に対米英開戦を迫った朝日新聞社(詳細は国民のための大東亜戦争正統抄史60~66東條内閣の和平努力)に、なぜ日本国民が反戦を説教されなければならないのか。
 今こそ戦後生まれの政治家と我々有権者は朝日新聞社に対して「お前らは死にたいのか」と問い詰めなければならない。

 朝日新聞社は近衛文麿首相の最高政治幕僚組織「昭和研究会」にソ連スパイ尾崎秀実、笠信太郎、佐々弘雄らを送り込み、鳩山一郎に近衛時代に於ける政府の施設凡てコミンテルンのテーゼに基く。寔に怖るべし。一身を犠牲にして御奉公すべき時期の近づくを痛感す。(鳩山一郎日記昭和十五年十一月一日の条)と非難されていた近衛内閣の軍事外交内政政策を支持したばかりか、内閣情報部と癒着し、ソ連の統制経済を模倣した国家総動員法に基く新聞用紙統制命令を悪用して地方の弱小新聞社を廃刊に追い込み、読者を奪い、発行部数を伸ばすという卑劣な会社経営を行っていた。

 従って朝日新聞社が政治家と有権者に大東亜戦争の反省を要求してくるならば、政治家と有権者はポツダム宣言第6条および第10条に依り、戦前から今日まで国内外の左翼全体主義勢力を支援し続ける朝日新聞社を処刑しなければならない。

 第二次世界大戦後とくにソ連崩壊後、朝日新聞社は「日本はヒトラーのナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)を否定する戦後のドイツを見習うべきである」とか「戦争責任は後世に継承される」という趣旨の説教を繰返してきた。

 ならば朝日新聞社は、五・一五事件を起こした革新テロリストたちを擁護した戦前の朝日、近衛内閣を応援した戦時の朝日、尾崎秀実、笠信太郎、佐々弘雄、田中慎次郎、大西斎らの戦争責任を継承し、従容として処刑(廃業)を受け入れなければならない。

 朝日新聞社が処刑を拒絶することは朝日の自由勝手であるが、そうであるならば、とくにソ連崩壊後、朝日が繰返してきた反戦の説教は、朝日が良心的新聞社を演じるための虚偽報道だったということになる。

 マスコミ以外の業種の会社や個人が商品の偽装表示を行った場合、新聞社はこれを叩いて吊るし上げて会社を倒産させて多くの従業員とその家族を路頭に迷わせ、個人を自殺に追い込む。それがマスコミの社会正義である。

 ならば朝日新聞社が偏向捏造虚偽隠蔽報道という情報商品の偽装表示を行った場合は、朝日は自殺(自主廃業)しなければならないはずである。

 だから今こそ戦後生まれの政治家と我々有権者は朝日新聞社に対して「お前らは死にたいのか」と問い詰めなければならないのである

 所長のような一介の戦史法学徒でも、インターネットを使い、不特定多数の日本国民に、近衛文麿の最高政治幕僚にして最も進歩的な支那問題の権威として国民世論に巨大な影響力を及ぼした朝日出身のソ連スパイ尾崎秀実の最後の戦争煽動論文である改造昭和十六年十一月号「大戦を最後まで戦いぬくために」と、それとまったく同じ論旨の昭和十六年十二月九日付朝日新聞社説という二つの第一次史料を提供できる

 今日において朝日新聞社が戦後世代の日本国民に対し真赤な虚偽の軍国主義史観をふりかざして「大東亜戦争の反省」を要求することは、ギロチンブーメランとなって朝日に戻ってくる。しかもそれはまるでクシャトリヤのファンネル(詳細は機動戦士ガンダムUC1 )のように四方八方から朝日新聞社を斬り刻む凌遅刑(寸刻み)である。これは共産中国を溺愛する朝日に相応しい処刑方法であろう。

改造昭和十六年十一月号「大戦を最後まで戦い抜くために」尾崎秀実

 我々はここに当面の問題をしばし離れて現在の世界が当面する事態を更に一層深く観察する必要を感じる。

 欧州に戦争が始まった時人々はこれを英独の決闘であると見た。しかしながらソ連をも捲きこんだ現在ではこれを第二次世界大戦と見ることに何人も意義を挿まないであろう。私見では、これを世界史的転換期の戦と見るのである。

 英米陣営では独ソ戦が起った時、ひそかに英米旧秩序陣営の勝利に導くものとしてほくそ笑んだのである。この種の見解はひとり英米陣営側のみならず中立的陣営乃至反対側にすら多少浸透しつつありと見られる理由がある。英米側は旧秩序の再建―修正的復元―を夢みつつある。しかしながらこれは全くいわれなきことであって、それは今次の大戦の勃発するにいたった根本の理由を見れば明かなことである。

 旧世界が完全に行詰って、英米的世界支配方式が力を失ったところから起った世界資本主義体制の不均衡の爆発に外ならないこの戦争が、英米的旧秩序に逆戻りし得る可能性は存在しないのである。戦争はやがて軍事的段階から社会、経済的段階に移行するであろう。

 この点についての詳細は論究は他日に譲るとして、以上のことと関連して我々は政治指導部に希望したいことがある

 当局は日本国民を率いて第二次世界大戦を戦い切る。勝ち抜けるという大きな目標に沿うて動揺することなからんことである。日米外交折衝もまたかかる目的のための一経過として役立たしめた場合にのみ意味があるものといい得る。又今日日本には依然として支那問題を局部的にのみ取扱わんとする見解が存在している。これは世界戦争の最終的解決の日まで片付き得ない性質のものであると観念すべきものであろう

 私見では、第二次世界戦争は「世界最終戦」であろうとひそかに信じている。

 この最終戦を戦い抜くために国民を領導することこそ今日以後の戦国政治家の任務であらねばならない(尾崎秀実著作集第3巻267~268頁)。


 尾崎秀実が、第二次世界大戦を「世界史的転換期の戦」と言ったのは、世界資本主義から共産主義的世界新秩序への転換の為の戦だという意味である。

 だから彼は「この戦争が英米的旧秩序(英米資本主義体制)に逆戻りする可能性はない」と言うのであり「戦争はやがて軍事的段階から社会、経済的段階に移行する」というのは、戦争がやがて敗戦、内乱、資本主義の自己崩壊から、共産主義革命(敗戦革命)へ移行するという意味であり、「支那問題は、世界戦争の最終的解決の日まで片付き得ない」というのは、中国共産党が支那大陸のヘゲモニー(覇権)を完全に握るまで支那事変は解決されないという意味であり、第二次世界大戦を「世界最終戦」と言ったのは、この戦争で世界資本主義が総決算となり共産主義的世界新秩序が必ず実現するので、レーニンが言った様に、戦争も消滅し、この戦争が人類の経験する最後の戦争となるという意味である。

 おそらく尾崎秀実は、彼を大喝した石原莞爾の姿を脳裡に浮かべながら、石原の「世界最終戦論」が想定する時期よりも早く、人類の理想である世界恒久平和を実現してみせるという尾崎自身の決意を込めて、この論文を執筆したのであろう・・・。

 そして尾崎が、石原と同様に「日本は南方への進撃に於いては必ず英米の軍事勢力を一応打破しうるでしょうがその後の持久戦により消耗が致命的なものとなって現れ来るであろう」と想像し、「而もかかる場合に於て日本社会を破局から救って方向転換乃至原体制的再建を行う力は日本の支配階級には残されて居らない」と確信しながら、「大戦を最後まで戦い抜くために」と題し、政治指導部に対して「当局は日本国民を率いて第二次世界大戦を戦い切る。勝ち抜けるという大きな目標に沿うて動揺するな」と希望したのは、日本の対米英戦が敗戦革命に移行し、日本が共産主義化するまで戦争を止めるな、完遂せよという意味である。

 東條英機は、近衛文麿に代わり、国民を領導して対米英戦を戦い抜き、我が国を敗戦革命に追いやるという戦国政治家の任務を負わされたのである(国民のための大東亜戦争正統抄史67~69帝国陸軍南進論者の正体より)。

朝日新聞社説昭和十六年十二月九日

 帝国の対米英宣戦

 宣戦の大詔ここに渙発され、一億国民の向うところは厳として定まったのである。わが陸海の精鋭はすでに勇躍して起ち、太平洋は一瞬にして相貌を変えたのである。

 帝国は、日米和協の道を探求すべく、最後まで条理を尽して米国の反省を求めたにも拘らず、米国は常に謬れる原則論を堅守して、わが公正なる主張に耳をそむけ、却て、わが陸海軍の支那よりの全面的撤兵、南京政府の否認、日独伊三国条約の破棄というが如き、全く現実に適用し得べくもない諸条項を強要するのみならず、英、蘭、重慶等一連の衛星国家を駆って、対日包囲攻勢の戦備を強化し、かくてわが平和達成への願望は、遂に水泡に帰したのである。

 すなわち、帝国不動の国策たる支那事変の完遂と東亜共栄圏確立の大業は、もはや米国を主軸とする一連の反日敵性勢力を、東亜の全域から駆逐するにあらざれば、到底その達成を望み得ざる最後の段階に到達し、東條首相の言の如く『もし帝国にして彼等の強要に屈従せんか、帝国の権威を失墜し、支那事変の完遂を期し得ざるのみならず、遂には帝国の存立をも危殆に陥らしむる結果となる』が如き重大なる事態に到達したのである。

 事ここに到って、帝国の自存を全うするため、ここに決然として起たざるを得ず、一億を打って一丸とした総力を挙げて勝利のための戦いを戦い抜かねばならないのである

 いま宣戦の大詔を拝し、恐懼感激に堪えざるとともに、肅然として満身の血のふるえるを禁じ得ないのである。一億同胞、戦線に立つものも、銃後を守るものも、一身一命を捧げて決死報国の大義に殉じ、もって宸襟を安んじ奉るとともに、光輝ある歴史の前に恥じることなきを期せねばならないのである。

 敵は豊富なる物資を擁し、しかも依って立つところの理念は不逞なる世界制覇の恣意である。従って、これを撃砕して帝国の自存を確立し、東亜の新秩序を建設するためには、戦争は如何に長期に亙ろうとも、国民はあらゆる困苦に堪えてこの「天の試煉」を突破し、ここに揺ぐところなき東亜恒久の礎石を打ち樹てねばならぬのである

 宣戦とともに、早くも刻々として捷報を聞く。まことに快心の極みである。御稜威のもと、尽忠報国の鉄の信念をもって戦うとき、天佑は常に皇国を守るのである。

 いまや皇国の隆替を決するの秋、一億国民が一切を国家の難に捧ぐべき日は来たのである


<朝日新聞社が隠蔽する大東亜戦争の真実>

はだしのゲンにすがる反日左翼勢力こそ大東亜戦争完遂派(笑)ひと目でわかる憲法上の「神聖不可侵」の意味

ひと目でわかる日中戦争が拡大長期化した原因と元凶-近衛文麿と尾崎秀実の国家犯罪

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プロフィール

龍井榮侍

Author:龍井榮侍
 東亜連盟戦史研究所は、主として大東亜戦争に関する国民戦史知識水準の向上を目指して開設されました。

 弊研究所が確信する「正統戦史研究」とは、信用の置ける第一次史料を集め、史料に事実を語らせ、独自の史観を構成することです。だが第一次史料とて作成者の欺瞞、錯誤を含んでいるかも知れず、たとえ紛れもない真実を示していても、所詮それは膨大な歴史的事実のごく一部にすぎません。

 歴史の真実の探求は極めて困難であり、戦史研究に於いて最も留意すべき事項は、間違いが判明すれば直ちに訂正することであり、最も禁忌すべき事項は、「自説保全による自己保身」に走ることです。よって弊研究所は、読者の皆様の建設的な礼節ある御意見、御批判、御叱正を歓迎します。
 
 所長の本拠地は森羅万象の歴史家ブログです。

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